KIKI

夕暮れ、薄野原、駆け引き

 姿は見えない。
 それでも、そのひとがそこにいるのは確かに感じられて、いつからこんなふうにその気配に気づくことができるようになったんだっけ、と考えてみたけれど、ずっとずっと昔のことだからあまり上手く思い出すことができなかった。
秋の終わりの、育ちきって穂を広げたすすきが目の前で揺れていた。吹き抜けていく夕暮れの風はもう冷たく、そろそろ山の辺りでは雪が降るかもしれないな、と遠くに見える紅葉を目でなぞる。この秋が過ぎて冬を越せば五年生に上がる。学年が上がっていくごとに目の前に広がる世界はどんどん広くなっていって、まるでこの一面の薄野原のように果てしない。

 かさり、
 小さな音が聞こえて振り返る。

 ああ、わざと、鳴らしてくれている。
 そう察して、僕はそれに引っかかるふりをする。

「こなもんさん」

 音が鳴ったほうに近づいて、もう自分だけしか呼ばないその呼び名を口に出すと、その気配が不意に後ろにまわった。

「………!」
 瞬時に身体を捻ろうとしたけれど、間に合わない。
 後ろ手をぐっとつかまれて、その大きな気配が後ろから覆いかぶさるように僕の身体を包んだ。
「……今日は、何点ですか」
「五十点」
「ええ? 半分もくださるんですか?」
 お優しいですねぇ、と続けて、その胸もとに背中を預けるように寄りかかる。そのひとの顔は見えないけれど、ふ、と小さく笑う声だけが耳の奥を揺らして、それだけで身体の奥が温まっていくような心持ちがした。
「だって、最初から、気づいていただろう?」
「うーん……、気づいていても、捕まえられなければ、意味がありません」
「おまえになら、いつだって捕まってあげるよ」
「………本当に?」
「ああ、」
 そのひとが頷いたのがわかった。
 僕は身体を預けたまま、夕暮れの空気を吸って、吐く。

 広い世界から、自分の居場所を見つけだす。
 それは簡単なことではないけれど、そのひとはいつだって合図をくれていて、
 あとは、僕が、大人になるだけでいい。

 日が落ちていく。
 一面の薄が、ざあっと音を立てる。
 秋がすぎて冬になる。
 二年後、僕は、忍術学園を卒業する。




(夕暮れ、薄野原、駆け引きのおはなし)