KIKI

休日、海、あくび

 海が見たい。
 ふと、そんなことを思った。
 特に海が好きだというわけではない。でも、なんとなく冬の海が見てみたくなって、寝る前に提案すると、そのひとは「珍しいね」なんて言って笑いながら、じゃあ来週の土曜日に、と約束してくれた。

 昆奈門さんとは、大学二年生のころに出会って、もう二年が経つ。
 あれよあれよといううちにそのひとの部屋に転がり込んで──招かれて、と言ったほうが正しいかもしれない──、いつの間にかこうして一緒にいることにも慣れて、隣で眠るのも、一緒に朝ごはんを食べるのだって当たり前のようになっている。それでも、ふたりの休日が合うことは時々で、一緒に遠出をすることもこれまではほとんどなかった。
 冬の朝の冷たい風から逃げるようにそのひとの運転する車に乗り込んで、走る車の窓から外を眺める。しばらくして見えてきたのはわずかに白波の立つ海原で、まだ音は聞こえないはずなのに耳の奥にはその波音が響いてくるような感じがした。
「外に出る?」
「うーん……」
 海沿いの道端に車を停めながら問うてきた昆奈門さんは、僕の歯切れの悪い返事を聞いて、「まあ、ここでもいいかもね、寒いし」となんでもないことのように言って、笑う。

 土曜日の昼間だというのに、そこはやけに静かだった。
 誰の姿も見えない。そのかわりに、海鳥が数羽、空を飛んでいく姿が目に映った。そして、さっきまで聞こえなかった波の音が、窓越しにかすかに聞こえてきていることにも気づく。
 昆奈門さんのほうに目を向けると、運転席のシートはいつの間にかゆるく傾けられていて、どうやらここでしばらくゆっくりするつもりのようだった。
 そのひとの呼吸とわずかな波音が、ゆっくりと、その静けさをなぞる。

「……ふ、ぁ」

 思わず、欠伸が浮かんだ。
 それが隣の昆奈門さんにも移ったようで、大きな口が開く。

 もしかしたら、穏やか、とは今のことをいうのかもしれない。
 そんなことを考えながら、僕は目を閉じた。
 普段通っている大学ともアルバイト先がある繁華街ともまったく違う空気が、そこには流れていて、まるで昆奈門さんがそばにいるときの、静かで、優しくて、穏やかなそれに似ている、とも思う。
 波が砂浜を濡らすさらさらとした音。海鳥の高い声。
 目を閉じている間、会話はなかった。
 それでも、それでいい、と思えるのだから不思議だった。僕とそのひとが、いつの間にかそんな関係になっていたのだと、静かで穏やかな冬の海のおかげで、気づくことができたのである。

「どうだった?」
「何がですか?」
「海が」
「ああ………、なんか、昆奈門さんみたいでした、」
「え? 何が?」
「海が」
「それは……、褒めてる?」
「褒めてますよぅ、とっても」
「そう……、なら、いいけど」

 アクセルが踏まれて、エンジン音が大きくなった。
 冬の海が遠ざかる。
 でも、いつだって僕のそばには、
 それと同じ、静けさがある。




(休日、海、あくび、のおはなし)