左を奪う、
「助けに、行くんですよね?」
まるで決定事項であるかのようにそう尋ねると、そのひとは顔を上げて、黙ったままこちらに視線を向けた。それは、普段接しているときとは違う、忍としてそこに居るときの目つきである。
数年前にこの場所に身を置くようになった伏木蔵であるが、雑渡のその視線を受けることにはもう十分に慣れていた。まだ忍術学園に在籍していたときには、伏木蔵が発する幼く無垢な問いかけにも優しく答えてくれていたものだけれど、今ここに流れるその空気は、あのころとはまるで違う。特に軍議の最中となれば、組頭とその部下という立場からは逃れられず、冷たく張り詰めた空気に否が応でも包まれることとなる。
(……それが、心地よくもある)
伏木蔵は、タソガレドキ忍軍組頭として自分に向けられる雑渡の視線をおおいに浴びながら、「スリルぅ〜……」と心のなかで声に出した。ただ、口には出さなかったはずなのに目の前のそのひとには伝わってしまったようで、「真面目に聞け」とぴしゃりと諭される。
「何も言っていません」
「顔に出ている」
「そうですか? 組頭が目ざといだけでは」
「伏木蔵」雑渡が遮った。
「すみません」
ふ、と緩む口元を押さえながら頭を下げる。
仲間を死なせるわけにはいかない。雑渡はおそらく黒鷲隊をその救助に向かわせる気だろう、と伏木蔵は確信していた。雑渡の作戦は、たびたび伏木蔵が思案するそれと似通っていることがある。小さいころから雑渡に育てられているのだからそれも当然で、タソガレドキ忍軍にとっては期待通りといったところであろう。そうなるべくして、伏木蔵は在学中から育てられてきたのだ。雑渡昆奈門の秘蔵っ子。伏木蔵には、自分がそうである自負がある。
「おまえは、先回りしすぎだよ」
その場を立ち去ろうとした伏木蔵は、それが自分に投げかけられた言葉だと気づいて振り返った。
雑渡の視線は、さっきまで行われていた軍議の最中とは違う、穏やかなそれである。
「組頭ならそうするだろうと思っただけです。もしそれが違っているのなら、はっきりとそうおっしゃっていただいてかまいませんよ」
「……伏木蔵」
「はい?」
「おまえをタソガレドキに入れて、正解だった」
「恐れ入ります」
ふふ、と笑って頭を下げる。
視線が下がったことで、自分が身につけている暗い柿渋色の装束がちょうど目に映った。雑渡と同じそれを身につけることができている。それが、誇りでもある。
数刻後には出立になるだろう。雑渡はきっと自分を目的地に向かわせるはずだ、と伏木蔵には確信があった。雑渡の年齢が四十五を過ぎてもう数年が経つ。組頭として今もなおその地位に身を置くそのひとの『右腕』と呼ばれ得る存在は、忍び隊のなかにわずか数人。その一人として名を連ねたいという野望が、伏木蔵には常にある。
(あのひとの隣にいるのは、僕がいい)
それまで、あと一歩。
聡明な若き忍の足取りは軽い。
(左を奪う、のおはなし)
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