夜、タソガレドキ、「たしかめる」
夜だというのに、梟の声のひとつも聞こえない。
伏木蔵は、目の前のそのひとがこの世からいなくなる、その瞬間を想像する。
もしこの場に自分がいなかったとしたら、誰かがこのひとの顔を潰したり、この身体を焼いたりするのだろうか。もう何度目かはわからないけれど、そんなことを考えるたびに、それはとても寂しいことのように思えた。寂しいし、悲しい。でも、おそらく、そうなる可能性のほうが高いだろう、とも。
乾いた手のひらを手に取る。自分のそれよりもずっと大きく、煙のにおいのする指をなぞるように撫でたあとで、伏木蔵はそこに頬を寄せて目を閉じた。
その手のひらはいつも通りじんわりとあたたかい。
最後にこうして触れたのはいつだったか、と思い出してみようとしたけれど上手くいかない。ただ、まだそこに命があることを確認して、はあ、と息を吐けば、そのひとはまるでなんでもないことのように「そんな簡単には死なないよ」なんて言う。
「…………油断」
「うーん……」
「どうせ自分は大丈夫、って思っているから、こんなことになるんです」
「おや……、言うねぇ」
「茶化さないでください」
「………、」
「あの……、お願いですから、僕のいないところで死なないでくださいよ……、」
「………ああ」
「本当に? わかってます?」
「うん」
「昆奈門さん、」
「わかってる」
血の匂いが、鼻を撫ぜた。
──ああ、もしも、
このまま、このひとが死ぬのであれば、どうにかして跡形もなく消さないとならない。
ただ、どう考えても自分だけの力でできるとは思えず、応援を、とも考えたけれど、そんなことをしている暇は一切なさそうだった。
仕方ない。
仕方ないから、
「……生きてください」
小さく、言葉を落とす。
背中の向こうで、ぱち、と火花が散る音がした。そして、それをかき消すように、乾いた風の音が吹き抜ける。
雑渡はしばらく黙ったまま、少し遠くを眺めているようだった。
そして、その視線が、一瞬だけゆらりと揺れたかと思うと、「仕方ないね……」と、低い声で呟く。
「生きるよ、おまえのために」
そう言って立ち上がろうとしたそのひとの足元に、ぼたぼたと黒い血が落ちた。
それでも、
ああ、きっとこのひとが死ぬのは今ではない、
なんて。
確信めいたものが、伏木蔵の頭の中に過ぎる。
忍の勘。こういうときのそれは、滅多に外れないものである。
「お手伝いします」
雑渡の胸もとに自分の身体を滑り込ませて、その肩をぐっと持ち上げる。
重い。
「できるだけ自分で歩いてくださいね」
「ああ……、おまえの身体がもう少し大きく育っていればねぇ」
「怒りますよ」
「………ふ、ごめん」
雑渡が笑った。
どこかから伝ってきているらしい雑渡の血が、ゆっくりと自分の着ているものに滲んで、冷たくなっていくのがわかる。
伏木蔵は、その血の温さを、
雑渡が生きていることを、
確かめるみたいに、つま先を前に、前に出した。
ほどなくして梟が啼く。
それが合図であった。
助かった。
もう一歩だけ前に進む。
梟の啼く森。
ここが、このひとの故郷である。
(夜、タソガレドキ、「たしかめる」、のおはなし)
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